コラム

【Special Interview】NPO法人社会保障経済研究所 代表 政策アナリスト 石川和男

経済産業省の元官僚として、
2000年に始まった大口部門の電力自由化など、
我が国のエネルギー政策の立案に
深く関わってきた石川和男氏。
舌鋒鋭い論客として知られる石川氏に、
小売り全面自由化の課題について、
爽快に切り込んでもらった。

 毎力自由化と通信自由化は、どちらもネットワーク事業だから同じだ、と捉える人がいますが、私は全く違うと考えています。
 携帯電話や光ファイバーがなぜこんなにも流行るのかというと、みんなの関心が高いからです。なぜ、関心が高いのかといえば、本能を刺激するからです。インターネットの世界は、個人と個人のプライベートなつながりが出来上がり、楽しいし、儲けの手段にもなりますよね。
 先日もある国会議員に、「なぜ、電力自由化が進まないのか?」と尋ねられましたが、“電力は本能を刺激しない”この一点に尽きると思います。電力は所詮、電気料金でしかない。だから、価格競争になってしまう。しかし、そもそも家庭部門の電力小売りは、電気料金規制で儲からない仕組みになっているのです。
 なぜ、規制料金なのかといえば、福祉だからです。電気は生活していく上で、必ず必要なものですよね。そこで日本の国が戦後、復興していく時に、政府は赤字だろうと黒字だろうと、低所得者だろうと金持ちだろうと、すべての家庭に電線をつなげるという政策を取ったわけです。
 いわゆる住民税非課税世帯などの低所得者層にとって、基本料金や従量料金は高くて払えない。だから政策料金にして、安く提供してきたわけです。ただし、電力会社にとってみれば、低所得者向けの小売り部門は、赤字事業になってしまいますよね。そこで電力会社は、中所得者以上で稼いだお金で、赤字を補てんしてきたわけです。
 その一方で、比較的、利益を生む大口部門でさえ、自由化されて16年ほど経つのに、スイッチング比率は1割を下回っていますからね。その点、家庭用小売りの乗り換えが、2か月間で1%を超えたのは、よく健闘していると思います。
 でも、乗り換えは東京と関西の一部だけ。数字を見ればわかります。では、なぜ、東京が盛り上がっているかというと、東京ガスが頑張っているからです。なぜ、東京ガスが積極的なのかといえば、2017年4月に都市ガスの自由化が始まると、東京電力に顧客を奪われるからです。だから、今から顧客を奪いに行っているわけです。
 東京ガスの戦略は、企業行動原理としては極めて正しい。しかし、全国的に盛り上がらないのは、東京ガスのような企業が他にいないからです。それは家庭用小売りが儲からないとわかっているからです。
 そこで、新電力が取った戦略が、顧客の囲い込みです。携帯電話でもそうですが、家族割に加入してしまうと、切り替えるのは大変です。電気も一緒で、いったんセット販売にしたら、そうそう切り替えられない。つまり、顧客名簿が手に入るわけです。そこにピンと来た企業がアグレッシブに活動しているわけです。
 しかし、スイッチング比率は2ケタに届かないでしょうね。なぜなら、本能を刺激しないからです。切り替えって、手続きは面倒だし、楽しくない。

 

『需要家が供給側を選べる』なんて大嘘

 全面自由化によって、『電気料金を安くする』というのなら、税金と一緒で、本来は、全員一律で安くならないといけないはずです。
 しかし、電気料金のサービスメニューをよく見てください。低所得者層には関係ないことがわかります。低所得者層の契約アンペアが30A以上ですか?CATV、固定電話、光ファイバー、携帯電話、電気、5つも契約できる人が、低所得者層にどれだけいるでしょう?
 よく『需要家が電力会社を選べます』と言われますが、これは全くの逆で『このメニューに合致するお客さん、来てください』と言って、供給側が需要家を選んでいるわけです。これが今回の自由化なんです。だから、私は福祉の人たちの既得権益まで奪うようなバカなことはやめろと、家庭部門の小売り自由化に反対してきたわけです。
 しかも、2020年には発送電分離と規制料金の撤廃が予定されています。料金規制が撤廃されれば、低所得者層の電気料金は、必ず値上げされるでしょう。
 新電力は儲かるところにしか参入しない。だから、今、低所得者向けの小売りは、既存の大手電力に押し付けられているわけです。しかし、大手電力も本音では、赤字の低料金部門はやりたくない。役所と電力業界の間で、『発送電分離をさせろ、その代わり料金規制を撤廃してやる』。そんな取引があるのかもしれませんが、これが国家的に正しい姿でしょうか。
 私は、発送電分離ではなく、タテ型合併だと思っています。発送電分離をすれば、企業体が弱まるだけで、資金調達力と資源調達力が強くなるはずがない。業界を弱めるのではなく、発電、送電、小売りの一貫体制のまま、大胆に東日本電力、中日本電力、西日本電力、そして沖縄電力の4社体制にする。タテ型合併によって、資金調達力と資源調達力を強くし、燃料コストを安くすれば、消費者利益にもつながります。

 

見守りに参入した企業が、最後は勝つ

 とはいえ、全面自由化が始まってしまった以上、これからやるべきは、少子高齢化社会を見据えた顧客の囲い込みだと思っています。電気といえば、都市ガスやプロパンガスなど、エネルギーの抱き合わせをすぐ考えますが、これだけでは魅力はない。ましてや携帯電話やCATVといったニーズでもない。
 高齢世代が増えて行くとは、対応力の鈍った人が増えるということです。対応力が鈍った人たちが関心を寄せるところは、飲食物や介護や見守りです。
 しかも、飲食物は電気やガスのようにインフラで届けられるものではない。自分で買いに行くか、1つ1つデリバリー、運ばれてくるものですよね。食べ物や飲み物、生活必需品をデリバリーする企業が、電気・ガスの小売りブローカーとして参入すると、トータルパッケージになる。
 そして仮想通貨のような、ポイント制と結びつくと高齢者社会に対応できるでしょう。しかも、見守りに参入すると行政サービスになるので、国や自治体と組むこともできる。見守りに参入した企業が最後は勝ち、電力は再び公益事業に戻っていくでしょう。
 それはなぜか。少子高齢化は抗うことができない世の中の流れだからです。

 

 

いしかわ・かずお●1965年生まれ。1989年東京大学工学部卒、通商産業省(現経済産業省)入省。石炭、電力・都市ガスなどのエネルギー政策や産業保安政策などに従事し、2007年退官後、内閣官房企画官、内閣府・規制改革会議専門委員などを歴任。

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